日航ジャンボ機JAL123便墜落事故原因の真相!2つのテロ自衛隊事件説

ヘイ、ヴィロガー!

本日2015年8月12日は、日航ジャンボ機JAL123便墜落事故が起こり、乗客乗員520人が犠牲になってしまった日から30年が経ちます。

そんな悲惨な墜落事故が起こってしまった原因真相は何だったのでしょうか?
グリコ森永事件関連なのではないか、自衛隊がかかわっていたのではないか等の疑惑に迫ってまいります。

日航ジャンボ機JAL123便墜落事故

日航ジャンボ機墜落事故現場の画像

日航ジャンボ機墜落事故現場

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まだまだ、記憶に新しい戦後最悪の事故です。

1985年(昭和60年)8月12日月曜日18時24分

日本航空123便(JAL123便)が、羽田空港を出発し、大阪の伊丹空港に向かっている最中に、群馬県多野郡上野村天原山の尾根に墜落した航空事故である。

犠牲者は乗員15名、乗客505合わせて520名

救助された人は、4名

事故の理由

機体後部の圧力隔壁の破壊による機内与圧空気の急激な噴流により、垂直尾翼を噴き飛ばし、JAL123便は操縦不能となり、御巣鷹山に墜落したものである
運輸省航空事故調査委員会の報告書より

そんな墜落事故から、今日で30年

事故原因の真相に迫ってまいりたいと思います。

なぜなら、この事故は不可解な謎が多く残っているのです。

2つのテロや事件説

日航ジャンボ機墜落事件と言えば、毎回取り上げられるのが、

テロ事件なのではなかったのか

と言うことです。

なんでそんな話が出てくるのか改めて諸説を見て行きたいと思います。

1.グリコ森永事件

1984年から1985年に起きた食品会社を標的とした一連の企業脅迫事件です。

犯人は、かい人21面相」と名乗り、江崎グリコ社長を誘拐し、身代金を要求してきた。

その後、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋などの食品会社を次々と脅迫しました。

しかし、2000年2月13日に犯人を捕まえられないまま、未解決事件となってしまいました。

そんな事件とJAL123便墜落事故が関係していると言う説があります。

それは、この日航ジャンボ機に当時ハウス食品社長の浦上郁夫社長が搭乗していたのです。

さらに、8月12日は「かい人21面相」から終結宣言が送られてきた日だったのです。

「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」

そのことを、ハウス食品前社長の墓前に報告するために大阪に向かっていたんです。。。

これはただの偶然なんでしょうか・・・?

真相は闇の中ですが、一人を狙うためだけに起こった事件だったとすると、やるせないものがありますし、憤りを感じます。

2.自衛隊の訓練機との衝突説

事故調査委員会が報告している内容によると、事故の原因は、「圧力隔壁が破壊されて垂直尾翼が破損したため」となっているが、垂直尾翼が機体内部が原因で吹き飛ぶことは考えられにくい。

しかも3分の2が吹き飛んでいるんです。
垂直尾翼とはココのことです。

ボーイング747の垂直尾翼

垂直尾翼

内部原因と考えられない詳しい詳細は、こちらのサイトでご覧いただけたらと思います。

もっとシンプルに考えられる理由がありますよね。

そう、何かがぶつかったんです!

鳥じゃあそうはなりません。上空7000メートルでぶつかるものって何なんでしょう?

飛行機であれば、その飛行機も墜落してしまいますので、考えられません。

じゃあ、なんなんでしょうか。

ココからは、推測になりますのでお付き合いください。

1985年8月12日に、岐阜の航空実験団がEC-1という航空機の試験飛行をしていました。

EC-1の画像

EC-1

試験飛行というのは、まだ国に国有財産として登録していない状態なので、

航空機が実際にやったことの報告義務が無いのです!

なので、事件を究明することは非常に困難になるのです。

さらに、事件当日JAL123便の垂直尾翼が吹き飛んだ場所から40キロ南高度500メートルは、

R116という自衛隊の演習地域になっており、その演習訓練をしていた機体が、民間経路に進入し、衝突した可能性も考えられます。

さらには、相模湾では「まつゆき」という当時のイージス艦も試験運航中でミサイル防空システムの精度を試験していたのです。精度を試すためには、何をするかお分かりですよね。

その精度を見るために、米軍の訓練機や自衛隊の訓練機も当日事故空域付近にいました。

これはただの偶然なんでしょうか・・・?

自衛隊の訓練にかかわる衝突の可能性が3点も同時にある。

事件の真相は、もちろん分かりませんが、自衛隊がかかわっていない可能性を探すほうが難しいと思います。

つじつまの合わない時系列

8月12日に何が起こったのか!?

テレビ放送だけではなく、インターネット上に公開されている情報をあわせて、お届けします。

18時12分に羽田空港を離陸したJAL123便は、離陸してまもなく機体の異常を訴えた。

突然、垂直尾翼が大破して、JAL123便から「攻撃されているというSOS信号」が発信され、自衛隊の機体が2機、墜落までの数十分間寄り添っていたのが目撃されていたという情報もあります。

数十分間異常飛行を繰り返し、18時56分過ぎに御巣鷹の尾根に激突した。

その直後、19時30分に横田基地から出発したアメリカのC-130は墜落現場を特定し、19時50分頃には、正確な場所を横田基地に報告した

その後、座間基地所属のヘリUH-1が救助活動に向かい、墜落現場の真上に到着してロープで降下して救助しようとしていたが、

日本政府から協力を拒まれ

C-130とともに、「引き返せ」と言う命令が出た。

その間、自衛隊は、当日から明け方まで墜落場所の意図的に誤報を繰り返し発表していた。

翌朝になって長野県警のヘリが正確な位置を確認し、生存者を救出した。

自衛隊は、その間何かを運び出すのに集中していた。

実際の事故機墜落現場は早くからわかっていたが、
訓練中の標的機(オレンジ色)が123便にぶつかった残骸の回収を優先

狭いコックピットに3人いて、機長の高浜さんだけ木っ端微塵で、焼けただれて発見された。ということ。

奇跡の4人の生存者

何が起こったか事件の真相はわからないが、軍事秘密を隠すためのシナリオとしては、「全員死亡」だったと思う。

理由としては、墜落現場にたどり着いた消防・救急隊やアメリカ軍がすべて「軍事拒否」されていることだ。

そんな中、奇跡的に4人が生存したと言うのは、現場自衛隊員の「名誉ある反乱」だったのだろう。

生存者から証言が出てしまうのだから・・・

当日の様子を見ると、本当に謎が多い日航ジャンボ機墜落事故。

事故原因の真相は、謎のままだが、事件から30年

そろそろ、秘密が暴かれてもいいのではないだろうか。

まとめ

日航ジャンボ機JAL123便墜落事故の真相

JAL123便墜落事故

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日航ジャンボ機墜落事故ときくだけで、タブーのような印象を持ってしまうのは、私だけではないと思う。

この事件は、確実に何かしらの軍事事情がかかわっているのは間違いない。

しかし、国が隠す。それが、インターネット等の情報の普及によって、暴かれだしている。

そういう状態で、30年が経った。今日と言う日は、国とだまされる国民の関係が少しでも変わるそんな日になることを切に願っております。


ヴィロガーはそう思うのでした…
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